卒業生 of NPO法人旭川ひだまりの会

ひだまり卒業生  まみ (20代女性)



こんにちは。

ひだまりOGの「まみ」といいます。

音楽、特に歌をこよなく愛する、1989年8月9日生まれの23歳です。

現在は、2010年7月より障害者雇用枠にて、市内の大手ドラッグストアに勤務していて、主にお店全体の品出しの業務に従事させて頂いています。

今日は、私がここに至るまでに頂いてきたサポートのこと、またその中で生まれた私の乏しいながらの経験や考えを、この場を借りてお話させて頂きたいと思います。

今日は、よろしくお願いいたします。



気に入らないことがあるなら自分の身体を傷付けて、彼氏を作っては仕事をサボる。

そんなところからのスタートだった私も、おかげさまで就職を決め3年目という地点に立つことができました。

私をここまで導いてくれた場所のひとつ…ひだまりについてのお話を、今回はさせて頂きたいと思います。



私がひだまりに在籍していた期間は、2008年10月から2010年7月までの、1年と9ヶ月の間でした。

ひだまりでの活動を始め出した当初は、彼氏はコロコロ変わり、別れ話の度に情緒不安定を体調不良にこじつけて仕事をサボり、久々に出勤してみたと思えば、当時私が住んでいたグループホームの管理人さんから古関さんに、私が派手にリストカットをやらかしたことが伝わっていて、ご心配・ご迷惑をおかけしてしまったり。

当時19歳。

ひだまりは、そんな私を受け止め受け入れ諭してくれた場所。

住んでいたグループホームでちょうど同時期に立てた個別支援計画の中に、『ひだまりに休まず通う』という項目があったのも大きかったですが、私の中で、『こんな私を親身に支えようとしてくれるこの人達の笑顔が見たい、そのために頑張ってみたい』という思いが芽生え始めるのは、そう遅くありませんでした。

それだけの暖かさを、ひだまりは私に与えてくれました。



『頑張ってみたい!』という私の思いや行動を、ひだまりは強力にサポートしてくれました。

その時その時でじっくり相談に応じてもらいながら、焦らず少しずつひだまりの厨房業務の日数を増やし、水道局の社員食堂での仕事も、始めの頃はスタッフさんに付き添ってもらい、徐々に慣れていけるよう配慮して頂きました。

ひだまりを卒業する間際は、水道局を週3回、喫茶店での厨房業務を週に一回という形で活動していました。



水道局での業務内容が少しずつ身に付いてきた頃、障害者職業センターにて適性検査を受ける機会がありました。

このことがきっかけで職業センターとの繋がりを持つことができ、ほどなくしてひだまりを通じて職業センターから面接の話を受け取り、そのまま大手のドラッグストアに就職を決めることができました。



それから2年と半年。

『朝早い、眠い』
『今日こういうこと教えてもらったけど、難しい!』
『今日は○○さんとあんな話しした』
『××さんに△△とか言われた』
『こんなお客さんがいた』

…些細なことが多いですが、今も色々とある毎日です。

少しでも辛くなると何事もすぐ投げ出していた私が、『堪える、堪える』と言いながらでもこうして続けていられること。

理解溢れる職場の環境も大変ありがたいものですが、ひだまりが私に教えてくれたことはまさにこれなのかな、と日々感じています。

そこへの感謝は、口先じゃなく行動でお返ししてゆきたい。

そんな暖かい思いをくれた場所が、私にとって、ひだまりでした。



私には、福祉的な詳しい制度や、私達に向き合うスタッフ様方の今直面している問題…etc…ぼんやりとしか、または全くわからないこと、たくさんあります。

無知な故発せるメッセージなのかもしれませんが、何もない私が、たくさんの人に支えられ、人として向き合ってもらって、手を引かれながら一歩一歩進ませて頂いてきた経験から、ひとつだけ言えること。

障害のあるなしの垣根を超えて、私が誰しもにあって欲しいと願うこと。



それは、『人と人との心の繋がり』です。



私を受け止めてくれた大人の暖かい心と、『頑張ってみたい、応えてみたい!』という自身の心がリンクしたとき、そこに生まれたのは、自分にある能力をはるかに超える、大きな大きな力でした。

それがなければ、今こうして穏やかな生活に幸せを感じられる私はいなかったし、就職も、その継続も、もちろんそう。

私一人の力でいくらやみくもに進もうとしたとしても、仕事があって、大切な人に『ありがとう』を感じられる…こんな幸せな暮らしを手にすることはなかったでしょう。

『人同士の心の繋がり』によって私の乏しい潜在能力は何倍にも底上げされて、仕事があり大切なものもある、平凡な、でも愛しく思えるこの生活が初めてあるんだな…って。

四六時中べったり側に…とかじゃなくて、思い返すだけで心が暖まる大切な人達の記憶。

そんな繋がりが、もっともっと拡がっていったなら…

私の場合は就職という形であったし、人によってはまた違う他の事柄かもしれない。

いろんな形で救われたり、人生がよりよくなる人は、きっともっとたくさんいるはず、と私は思っています。



ただ、『心の繋がり』と一言で言っても、差しのべられる手を我々がはね除けてしまっては意味がないし、はたまた『支えてよ!理解してよ!私はこうなの!』の一方通行でも、これまた物事は何も良い方向に進まないと思うんです。

自らの積み重ねてきたものにプライドを持つことができる方の中には、救いの手を向けられることによって、それがなかったことになるような気持ちを感じてしまう人も、もしかしたらいらっしゃるのかもしれません。

また、病状や精神的にまだ辛い状況の中では、周りの理解やサポートが足りていないように感じてしまう…無理もないことだと思います。私がそうでしたから。

非常にデリケートな部分ではありますが、自らを知り心を開き、差しのべられる手をしっかり掴む…その手を掴んだなら、ほんの少しでいい、そこに自分の持つ力も添えてみる…

救いの手に心を開いてみる

そんな私達の心持ちもきっと大切なものであるのかな、と私は思っています。



長くなってしまいましたが、最後に、今も私を優しく暖かく、強くサポートしてくれる全ての人に…

私が心の病にのたうち回った発症からの約4年…共に苦しみ、離れて暮らした期間も長いものでした。

それでも今こうして毎日の穏やかな暮らしを作ってくれる両親。

今もメモリーを呼び出し発信すれば、変わることなく暖かい言葉をくれる、私の住んでいたグループホームの職員さん。

就職した後も切れることのない大切な絆をくれたひだまりのみなさん。

溢れる理解の中、私を受け入れ続けてくれる職場のみなさん…


…ここには挙げきれないくらいの、私を支えてくださるたくさんの人達に、心からの感謝をこの場を借りて伝えさせて頂き、このショートエッセイを締めくくりたいと思います。



2013.1.10 心からの感謝をここに。。。

「ひだまりからの社会復帰」
ひだまり卒業生  やどりぎ (30代男性)

 私は現在、北海道大手のドラッグストアに勤務しております。
 ひだまりには8年間在籍しておりました。2001年くらいから2009年までです。

 ひだまりが開設して2、3年後に、通所するようになりました。
 きっかけは、あおぞら友の会(正式名称は精神障害回復者クラブ)という、旭川市保健所が助成金を出してくれて、上川保健所の担当の方がサポートしてくれていた集まりの中で、日帰り旅行でひだまりに寄って、良い場所だと思ったからです。あおぞら友の会の最後の方は会長をやっていて、2009年3月で残念ながら活動を止めました。いろいろな施設が出来て、会の役割は終わったと感じた為でした。

 ひだまりは以前は中原ビルの3階にあり、喫茶店のみしかありませんでした。私はパソコン部門の作業をしていて、主に名刺、年賀状等の印刷、ホームページの更新をしていましたが、Windows98SE のパソコンを使っていたので、フリーズを何回起こしていたか分からないくらいで、再起動を何回も繰り返していました。
 コーヒーメーカーも無く、皆で淹れてみて大体の豆の量を考えたり、新しい飲み物の開発が進み、カルピスオレンジソーダとかいろいろな種類のドリンクが出来て、メニュー表が文字であふれ返っていました。

 数年後、現在の買物公園の方に移動して弁当作りが始まり、私はいつの間にか水道局の食堂で働いておりました。水道局の方は週4日ペースで、残りの1日はピアサポーターという活動を行っていました。ピアサポーターとは長期入院の方が、退院して急に社会に出ても困らないように、対象者さんと一緒に今後の生活を考える支援です。

 なかなか就職先が見つからなかったのですが、ハローワークと、障害者職業センターの支援で、何とか就職できて現在に至っております。

 仕事内容は運送業者が運んで来た荷物を、店内の所定の場所に置くという、品出し作業をやっております。障害者枠で入社出来たので、病気を隠すことなく、他のアルバイト・パート・社員の人と同等に仕事をしております。女性が多い職場なので男手を頼まれ、重い荷物を運ぶのはしょっちゅうです。
 慣れるまで大変でしたが、どこに何があるのか覚え、余裕が出来てコミュニケーションも上手く取れています。新製品が発売されると陳列をしたり、値札を携帯端末とパソコンを使って印刷したりして、商品がより売れるように考えています。
 この頃はパソコンで店長、店長代行に聞かれることも多く、売り上げを管理するエクセルのシートの変更もしております。

 職が見つかっても長続きしなければ意味がありません。処方された薬をきちんと服用しながら、ひだまりで自分の体調管理ができ、自信がついてから職を探した方が良いと思います。ひだまりで得た事が、現在の仕事にも活かされている事を感じる時もあります。

 私が社会復帰してからも、ひだまり内にいろいろな施設が出来て、メンバーの選択肢が増えて、良くなっていると感じています。今年から理事になりましたので、ひだまりを外から見て応援する立場になってより良いひだまりになる様、全力でサポートしたいと思っております。

P.S この頃はひだまりに行って、OB価格でランチが食べれるのが嬉しいですね。
  スポーツ大会卓球男子個人の部で優勝しました。 Yeah!

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