メンバー of NPO法人旭川ひだまりの会

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ひだまりメンバー  もこみち大好き (20代女性)

 私は、ひだまりに入って良かったと今思ってます。レジ打ちができなかった時、一緒に付いてくれた仲間がいました。そういう仲間がいるところは、なかなかないと思います。あと自分がひだまりに来て一歩前進したと思います。お客さんと話すのも苦手だったけど、今は得意です。このままずっとじゃないけど、ひだまりで頑張っていきたいと思います。

ひだまりメンバー  S (30代女性)

 ひだまりメンバーになってから、一年と何ケ月かが経とうとしています。振り返ると、本当にあっという間でした。ここへ来た当初は、病気を持っている者同士の関係と言うものに対する緊張もあり、どちらかというと静かに人と接することが多かった私ですが、日々を重ねるうちに、病気に対する特別な感情が、自分に対しても相手に対しても少し軽くなっていき、気持ちが楽になっていきました。施設長である古関さんをはじめ、明るく優しいスタッフの皆さんとゆっくりと話をしていき、徐々に本来の私に戻っていく感覚がありました。また、新しい友達も出来ました。その友達やスタッフの方々と、毎日仕事と呼べることをしていられる事を嬉しく思います。また、年に何回かある行事を共にしたりしていくうちに関係も深まりました。そういった様々な出来事を重ねていって、明るい気持ちを呼び込める時間が増えていきました。
 ひだまりでは私の大事な部分を認めてもらえていること、また、本来の私でいられるという気がするので、ここで得られる時間は私にとってとても大切です。これからも様々な方と日々出会いを重ねながら、充実した毎日を送っていきたいと思います。

ひだまりメンバー  廣子 (60代女性)

 私は30代後半に少しずつ体調がくずれ、色々な病院を駆けめぐりました。病院では色々な病名を付けられましたが、最終的に行った所は精神病院でした。そこでは、すぐに「うつ病」と診断されたのです。
 体調も良くないのに「働きたい!」「お金が欲しい!」という願望は常に有り、色々な求人誌、又はハローワークへも何度も何度も足を運びましたが、仕事が決まり職場へ行っても仕事が出来ず、上司やまわりの人から冷たい目で見られ、すぐに辞めてしまい、長続きする事が出来ませんでした。そんな事が何年も何年も続いたのです。
 私はある友人に相談したところ「社会保険事務所」へ行って相談してごらんと言う言葉でした。私はいそいで相談をする事にしました。色々な書類を手渡され、難しいけれど日々を重ね書類も出来「社会保険事務所」へ提出することが出来ました。何ケ月が経って私の手元に届いたのは「障害者手帳」でした。
 私の思いは障害者という方は、例えば、車いすに乗っている方、白い杖を持っている方、又、手話をしている方・・・などと思い込んでいましたので、そこで私は改めて「私は障害者」なんだと気付いたのです。
 私は健常者の方と仕事は無理だと思い、障害者の作業の出来る作業所を探し始めたのです。色々な作業所へ見学へ行ったり、実際に作業所へ通った事も有りました。でも、やっぱり心の中は晴れ晴れしないので休む事が沢山有り、辞めたり違う作業所へ通ったりの試行錯誤の毎日だったのです。そこで見つけたのが、私の通院している病院の待合室でした。
 「ひだまり」を見つけたのです。でも、すぐに行動を起こす事は出来ませんでした。ある障害者専門の所へお電話して、私の自宅にまで来て頂き「ひだまり」の事を聞いて、思い切ってその方と「ひだまり」へ面談を行く事になったのです。そこで初めて施設長の話を聞き、次の日から「ひだまり」で御世話になる事になったのです。
 私の思っていた通り色々な障害を持っている方々が、一生懸命働いている姿に感銘し、私も頑張ろうと決心したのです。今は心の憂うつさも少しずつ取れ、工賃をもらえる日を楽しみながら頑張っています。

「ストレスのない居場所」
ひだまりメンバー  ひだまり大好きっ子 (50代女性)

ひだまりは自分のやりたい仕事をする為の訓練する場所 何人かのメンバーがひだまりを卒業しました ひだまりは深い絆で結ばれてます 私はひだまりに来て2年過ぎ9月が来たら3年目です 私は「そう・うつ」です 今まで1度だってひだまりにいてる時はストレスを感じた事ありません 仕事が楽しくて仕方ないのです ひだまりに行くと私は魔法にかかってしまいます 家にいる時とは違う自分がいます どんなに嫌な事あっても辛いことあっても私のその気持ちを救ってくれる所がひだまりです 自分が生きて輝ける場所です ひだまりに行けて本当に良かったと思います 私は人にはものすごく恵まれていると思います 私のそばにはいつも私を励まし心配して下さる方々がいてくれてます 施設長 スタッフ メンバーに感謝です「ありがとうございます」 以前私は施設長に相談しました その時泣いてしまったのです その時施設長が私に優しい言葉で「泣いてもいいんだよ」そう言って下さいました 施設長に話して本当に良かったと思いました 施設長ってどんな人 そう聞かれたら優しさの中にきびしさのある人 常に私達を平等に見守っていて下さる方 そう言えます 決して言葉を荒立てることなく毎日同じ口調で話す そんな人でもあります 施設長は私よりも年は若いですが上司として尊敬しています スタッフは色んな事を優しくご指導して下さり 何もわからない私を常にサポートして下さいます 1人でいる時 うつ状態になることもたまにあるけど 自分でもうつになったらわかります そうならないよう明るい心でいれるよう努力はしてます でもダメな時は無理して自分にプレッシャーをかけることはしません うつでない時にはプレッシャーをかけることも ひだまりにいつまで行けるかわかりませんが体の許す限り頑張って行きます ひだまりは助け合う場所 不安がいっぱいかもわかりません でも すぐになれます 初めの時は何もわからないのは当然です 仲間が教えてくれます 無理することはありません 体調が悪いと感じたらすぐに体が疲れてしまいました 休んでもいいですか そう言えるのです そんな時は体を休ませてあげられます 休憩できるのです ひだまりに来て下さい 一緒に仕事をしませんか

ひだまりメンバー  あっくん (30代男性)

 私は発病後、しばらくして父親からこう言われました。
「おまえはもう病気が治ったのだから、薬を飲まずに仕事をしろ」
 当時の私は、精神的に疲れ果てていて、顔色も悪く、とても仕事ができる状態ではありませんでした。母親は、すでに他界していて、私の周りに病気を理解してくれる人は誰もいませんでした。
 病状が悪化していく中、縁あって旭川に来ることになり、父親から逃げるようにして、旭川にある精神科病院のグループホームに引っ越すことになりました。
 旭川に来てからは、グループホームから病院のデイ・ケアに通う日々が続き、精神的にも、体力的にも、少しずつ回復していきました。そして2年が経ち、社会復帰を目指して、作業所に通ってみてはということになり、「ひだまり」に通うことになりました。
 「ひだまり」では、厨房の作業をすることになり、主にやることは、食器洗いや掃除、簡単な調理等です。初めは週に1日、3時間半の勤務でしたが、発病前の頃と比べると、精神力も体力も、だいぶ落ちていて、とてもつらく感じました。
 しかし、私は自分に言い聞かせるように考え、これは仕事ではなく社会復帰を目指すための訓練なんだと...そう思うと少し気が楽になり、つらくても続けようと思うことができました。
 「ひだまり」の職員さんは、施設長をはじめ皆さんがやさしく、私の状態に合わせて、親身になって指導してくれました。厨房の作業は、ある程度の緊張感を保ちつつ、つらくなった時には、休みながら無理せず作業をするように指導してくれました。
 お陰様で、「ひだまり」に通うようになってから、少しずつ体力も精神力もついてきて、勤務が終わった後の疲労も減り、達成感や充実感を感じるようになりました。現在は週2日で、1日6時間の勤務をしています。
 程度は異なりますが、病気を抱えるメンバーと協同作業をしていく中で、人と接する喜びを感じることができました。病気になったことで、私の心の中で抱えていた劣等感は、メンバーと接することで、自然と消えていきました。
 これから先の目標は、正直まだはっきりとはしていません。しかしながら、「ひだまり」に通うことで、就労感覚を維持し精神的にも体力的にも、さらに回復することができれば、必ず社会復帰したいと思うようになりました。
 これからも「ひだまり」を利用して、頑張っていきたいと思います。

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